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新人のころ、教わっていないやり方で作業をやってしまったことがあります。
そのあと、不良が見つかりました。
確証はありませんでした。ただ、「たぶん、あのとき起こったことかもしれない」とは思った。
結局、誰がやったのかも、どこで発生したのかも特定されないまま、「おそらくこのあたりで発生して、たぶん誰かがこう対応した」という推定のまま話が進んでいきました。
私は、それを黙って見ていました。
新人だったから、というのもあります。でも一番は、確証がなかったからです。違っていたら、騒がせただけになる。そう思っているうちに、言うタイミングは過ぎていきました。
先に結論を書きます。
この記事でいちばん言いたいこと
「私がやりました」と名乗ることと、「この工程で、こういうことが起こり得ませんか」と情報を出すことは、別の行為です。
黙り続けるか、名乗り出るか。この2つしか選択肢が見えていないと、人は固まります。でも、その間にもう1本、道があります。
この記事では、なぜ言えなくなるのかと、名乗らずに情報だけを届けるための、明日から使える言い方を書きます。
先に断っておくと、これは隠すための記事ではありません。むしろ逆で、「名乗るハードルが高すぎて、情報のほうまで止まってしまう」のがいちばんもったいない、という話です。
まず結論:黙っているのは、あなたの意志が弱いからじゃない
言えないまま時間が経ってしまった。今さら言い出せない。
これ、覚悟が足りないとか、責任感がないとか、そういう話じゃないと思っています。
選択肢が2つしか見えていないからです。
いま見えている2本の道
- ① 名乗り出る(全部を自分のこととして引き受ける)
- ② 黙り続ける(何も言わない)
①は怖い。②は苦しい。どちらも選べないから、動けなくなる。これは性格の問題ではなく、見えている道が2本しかないという状態の問題です。
しかも、時間が経つほど①のハードルは上がります。「なんで今まで黙ってたんだ」が追加されるからです。だから多くの人が②のまま固まる。当たり前の反応だと思います。
責める話をしたいわけじゃないので、先に言っておきます。あなたは弱くないです。道が2本しかない場所に立たされているだけです。
「たぶん自分かもしれない」が、いちばん言いにくい
ここ、あまり書かれていないので先に書いておきます。
世の中の「ミスは正直に報告しましょう」という記事は、だいたい「自分のミスだと分かっている人」に向けて書かれています。
でも現場でいちばん多いのは、そこじゃないと思うんです。
いちばん動けなくなる状態
自分かもしれない。でも、確証がない。
私もそうでした。あのとき自分がやったことと、あとから出てきた不良が、つながっている気はする。でも証拠はない。工程には自分以外の人も関わっているし、別の原因かもしれない。
そうすると、頭の中でこうなります。
- 言って、もし違っていたら──騒がせただけになる。「あいつ何を言い出したんだ」と思われる
- 言わないで、もし合っていたら──自分は嘘をついたことになる
どっちに転んでも自分が悪くなる気がして、結局どちらも選べない。
そして厄介なのは、確証がないまま日が経つと、記憶のほうが薄れていくことです。だんだん「気のせいだったかも」と思いたくなる。思いたくなるんだけど、完全には忘れられない。
この「はっきりしないまま抱える」しんどさは、はっきりミスをしたときとは別物です。ちゃんとしんどいです。気のせいじゃないです。
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「名乗る」と「情報を出す」は、別の行為です
ここがこの記事の本題です。
さっきの二択、①名乗り出る/②黙り続ける。この2つの間には、実はもう1本あります。
見えていなかった3本目の道
③ 名乗らずに、情報だけを届ける
具体的には、こういう違いです。
| 言い方 | 相手に伝わる情報 | |
| ① 名乗る | 「すみません、私がやりました」 | 誰がやったか |
| ③ 情報を出す | 「この手順、こういう間違え方ができちゃう気がするんですけど、どうですかね」 | どこで・何が起こり得るか |
同じ場面で使える言葉なのに、渡している情報が違います。
そして──ここが大事なところなんですが──再発を防ぐために本当に必要なのは、③のほうです。
「誰がやったか」が分かっても、その人が明日から気をつけるだけでは、同じことがまた起きます。でも「この手順は、こう間違えられる余地がある」が分かれば、手順のほうを直せる。次の人が同じ目に遭わずに済む。
だから私は、③を「逃げ道」だとは思っていません。組織が本当に欲しがっている情報を、いちばん渡しやすい形で渡しているだけです。
もちろん、①が言えるならそれがいちばん早いです。それは事実として書いておきます。ただ、①が言えないからといって、③まで諦めなくていい。私が言いたいのはそこだけです。
是正処置が知りたいのは「誰が」ではなく「どこで・何が」
「それは理屈でしょ」と思うかもしれないので、もう少し裏側の話をします。
不良が出たあとに現場で走る「是正処置」という手続き。あれ、そもそも犯人を特定するための制度ではありません。
品質マネジメントの国際規格である ISO 9001 に、その考え方が出てきます。
規格の引用について
規格そのものは購入して読むものなので、ここでは中身を引き写さず、項目の名前と、ざっくりした考え方だけ紹介します。
「モノの処置」と「しくみの処置」は、別の項目になっている
ISO 9001 には、似ているようで役割の違う2つの項目があります。
| 項目 | 何を扱うか | 現場でいうと |
| 8.7 不適合なアウトプットの管理 | 目の前のモノをどうするか | 不良品に札をつける/分ける/止める |
| 10.2 不適合及び是正処置 | しくみをどう直すか | 原因を調べて、再発しないようにする |
日本規格協会が公開している国内委員会の参考訳では、10.2 が扱う不適合について、8.7 のような具体的な製品の話ではなく、品質マネジメントシステム全体に関わるものだと説明されています。
つまり、是正処置が見ているのは「その1個の不良」ではなく、しくみのほうなんですね。
最初から「範囲」を見に行く手続きになっている
同じ参考訳では、10.2.1 についてこう説明されています。
とられる処置は、類似の不適合がどこでも発生する可能性があることを踏まえている(日本規格協会『ISO/TC 176/SC 2/N1282 品質マネジメントシステム規格国内委員会 参考訳「ISO 9001:2008から ISO 9001:2015 変更の概要」』より)
「どこでも」です。
是正処置は、最初から「他にも起こり得るところはないか」を探しに行く手続きとして設計されている。だから聞かれるんです、「同じ手順の他の製品は大丈夫ですか」って。
そして、記録として残すよう求められているのも、不適合の性質と、とった処置です。「誰がやったか」は、そこには入っていません。
だから、あなたが持っている情報には価値がある
ここまでを、現場の言葉に戻します。
覚えておいてほしいこと
是正処置が本当に必要としているのは「どこで・何が起こり得るか」。つまり、疑わしい範囲を狭めるための情報です。
あなたが持っている「あの手順、こう間違えられるかもしれない」という感覚は、まさにその情報そのものなんですよね。名前を出さなくても、渡せます。
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ここは正直に書きます
これは「規格がそう言っているから、あなたは責められない」という話ではありません。実際にどう扱われるかは職場によって違います。ここで言えるのは、是正処置という手続きが元々見ている方向は、個人ではなくしくみだ、ということだけです。
黙っていると、実際に何が起きるか
脅すつもりはないので、事実として淡々と書きます。読んで苦しくなりそうなら、この見出しは飛ばしてもらって大丈夫です。
原因が特定できないと、推定で対策が組まれます。これは私が実際に見たことです。「おそらくこのあたりで発生した」という推定のまま、対策が決まっていく。
推定が外れていると、あとで「効かなかった」という結果が出ます。ISO 9001 の 10.2.1 には、とった是正処置の有効性をレビューすることも含まれています。原因の見立てが違っていれば、対策は効きません。そして同じことが、また起きます。
関係のない工程や人が疑われることがあります。範囲が絞れないと、疑いは広く薄くかかります。自分と関係ない場所の人が、しばらく気まずい思いをすることもある。
そして、自分がずっと抱えます。これがいちばん長引きます。1ヶ月経っても、2年経っても、ふとしたときに思い出す。
ここで言いたいのは「だから言え」ではありません。そうじゃなくて、黙っていることのコストを、あなた一人が払っているわけじゃない、ということです。
そして繰り返しますが、そのコストを減らすのに、必ずしも①(名乗る)は必要ありません。③(情報を出す)でも、かなりの部分は減ります。
名乗らずに、情報を届ける3つの言い方
ここが実践編です。明日から使えるものだけ書きます。
① いきなり上司ではなく、まず先輩に「可能性の話」として聞く
いちばん現実的なのがこれです。
そのまま使える言い方
「あの工程って、こういう手順の間違え方ができちゃう気がするんですけど、実際どうなんですかね」
自分の話ではなく、工程の話として聞く。質問の形にする。
先輩が「あー、それはあり得るね」と言えば、その時点で情報は現場に入ります。「それは無いよ」と言われたら、それはそれで自分の中の疑いが晴れる。どっちに転んでも、いま抱えている状態よりはマシになります。
② 記録に残る場の「前」に、口頭の段階をひとつ挟む
報告書や是正処置の会議は、記録に残る場です。そこでいきなり切り出すのは、誰でもきついです。
だから、その前に口頭だけの段階をひとつ作る。休憩中でも、作業の合間でもいい。
いきなり書面のハードルを越えようとすると足がすくむので、低い段差をひとつ挟むイメージです。
③ 主語を「私」ではなく「手順」にする
NG|自分の話になってしまう言い方
「私がやりました」
OK|工程の話になる言い方
「この手順、こう間違えられる余地がありませんか」
同じことを伝えているのに、後者は誰も責めていません。しかも、改善できる形になっています。
これは報告書の書き方でも同じで、原因欄の主語を「私」から「工程」に変えると対策が書けるようになる、という話を別の記事に書きました。言い方でも、書き方でも、効くのは同じ考え方なんですよね。
大事な注意:これは隠すための技術ではありません
ここは誤解されたくないので、はっきり書きます
この3つは、隠し通すための技術ではありません。
目的は最初から最後まで、再発を防ぐために必要な情報を、現場に届けることです。名乗るハードルが高すぎて情報ごと止まってしまうくらいなら、情報だけでも先に届いたほうが、次の人が同じ目に遭わずに済む。そのための順番の話をしています。
それと、正直に書いておきます。私は「こうすれば大丈夫です」とは言えません。職場によって空気も運用も違いますし、私自身、答えを持っていないので。ただ、二択で固まったままよりは動けるとは思っています。
安全に関わることだけは、この話の外です
ここは例外です。はっきり分けます。
この記事に当てはめないでほしいこと
人の安全や健康に関わる可能性があることは、この記事の話に当てはめないでください。
- 誰かがケガをするかもしれない
- 設備が危ない状態のままかもしれない
- 出荷された先で人に影響が出るかもしれない
こういうときは、言い方を工夫している場合じゃないです。すぐに止めて、すぐに呼ぶ。これが最優先になります。
迷ったときは、止めて呼ぶほうを選んでください。「大げさだったね」で終わるほうが、圧倒的にマシです。
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それでも言えなかった自分を、責めなくていい
ここまで書いてきましたが、それでも言えないという人はいると思います。
私がそうだったので。
そういうとき、自分を「ずるい人間だ」と思ってしまいがちなんですよね。でも、言えなかったことと、ずるいことは違います。
言えなかったのは、その場に言える形が用意されていなかったからです。新人が、確証のないことを、記録に残る場で切り出す。これができる人のほうが少ないと思います。
それに、気にしている時点で、あなたはちゃんとしています。どうでもいい人は、そもそもこんな記事を読みません。
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眠れない、食べられない、仕事以外の時間もずっとそのことを考えてしまう。そこまで来ているなら、それは気持ちの問題として抱えるものではないと思います。
厚生労働省の「こころの耳」相談窓口案内に、匿名・無料で相談できる窓口(電話・メール・SNS)がまとまっています。一人で抱えるものではないので、頼っていいです。
明日、ひとつだけできること
全部やろうとしなくていいので、ひとつだけ渡します。
明日やること(これだけ)
信頼できる先輩をひとり思い浮かべて、「あの工程って、こういう間違え方ができちゃう気がするんですけど、どうですかね」と、可能性の話として1回だけ聞いてみる。
これだけです。
いまは名乗らなくていい。報告書も書かなくていい。まずは質問を1回するだけ。
それで「あり得るね」と返ってきたら、情報は現場に入っています。「無いよ」と返ってきたら、あなたの中の疑いがひとつ減ります。
どっちでも、今より前に進みます。


言えない空気が、ずっと続いているなら
最後に、これだけは別の話として書かせてください。
今すぐ辞めろという話ではありません。そこは先に言っておきます。
ただ、ここまで読んで「うちは、可能性の話をしただけでも詰められる」と思った人がいるかもしれません。何を言っても犯人探しになるという感覚が、1年も2年も続いているなら。
それは、あなたの言い方の問題ではないかもしれません。
不良は、どの現場でも出ます。そのときに情報が出てくるかどうかは、個人の勇気ではなく、職場の作りで決まる部分が大きいと思っています。「言っても大丈夫だった」という経験が積まれている職場と、そうでない職場では、同じ人でも動き方が変わります。
だから、どちらが悪いという話ではなく、相性の問題として考えていい。
すぐ動かなくてもいいので、外の職場がどうなっているのかを見ておくだけでも、気持ちの余裕は変わります。「ここしかない」と思っているときと、「他にもある」と知っているときでは、同じ職場にいても呼吸のしやすさが違うんですよね。
製造業に特化した求人サービスなら、工場の仕事だけをまとめて見られるので、いまの現場と比べやすいと思います。求人を眺めてみるだけでも、判断材料にはなります。
よくある質問
何ヶ月も経ってしまいました。今さら言っても遅いですか?
「遅い」と決まっているわけではないと思います。ただ、時間が経つほど名乗るほうのハードルは上がります。
そういうときこそ、この記事の③(情報を出す)が使いやすいです。「昔のあれ」ではなく、「この手順、こう間違えられませんか」という現在形の話にすれば、時間の経過はあまり関係なくなります。
言ってみて、自分の勘違いだったらどうしよう。
質問の形で聞いていれば、勘違いでも「そうなんですね」で終わります。可能性の話に、正解も不正解もありません。
むしろ、確認しないまま抱え続けるほうが、長い目で見るとしんどいと思います。
正直に言ったら、処分されませんか?
これは私には答えられません。就業規則も運用も職場ごとに違うので、「処分されません」とは言えないんです。無責任なことは書きたくないので、そこは正直に書いておきます。
だからこそ、いきなり記録に残る場に出さず、口頭で・工程の話として・信頼できる相手にという順番を勧めています。
上司が「誰がやった」を必ず聞いてくる職場です。
そういう職場はあります。ただ、上司も客先や上から「原因は」と聞かれる側なんですよね。「誰が」を知りたいというより、「説明できる材料が欲しい」ということも多いです。
なので、聞かれる前に材料のほうを先に出すと、話が「犯人」ではなく「工程」に向きやすくなります。
安全に関わるかどうか、自分では判断がつきません。
判断がつかないなら、安全側に倒してください。止めて呼ぶ。これで問題になることは、まずないです。
まとめ:名乗る前に、できることがある
長くなったので、まとめます。
この記事のまとめ
- 黙っているのは、意志が弱いからではない。選択肢が2つしか見えていないだけ
- いちばん言いにくいのは「たぶん自分かもしれない」という、確証のない状態
- 「名乗る」と「情報を出す」は別の行為。その間に、もう1本道がある
- 是正処置が本当に必要としているのは「誰が」ではなく「どこで・何が」
- 明日できることは、先輩に「可能性の話」として1回聞いてみる、それだけ
- 人の安全に関わることだけは例外。止めて、呼ぶ
最後に、正直なところを書いて終わります。
今なら、あのとき言ったほうがよかったと思います。
話していれば、原因はもっと早く分かったはずだし、たぶんそのほうが信頼もされた。今の私は、そう思っています。
でも、あのときの自分には言えませんでした。
それは今も変わっていなくて、正直、まだ答えが出ていません。次に同じ場面が来たとき、ちゃんと言えるかどうかも分からない。
だから、この記事は「言いましょう」で終わりません。
ただ、名乗る前にできることがあるというのは、あのとき知っておきたかった。それだけは、書いておきたかったんです。
この記事で参考にしたもの
- 日本規格協会『ISO/TC 176/SC 2/N1282 品質マネジメントシステム規格国内委員会 参考訳「ISO 9001:2008から ISO 9001:2015 変更の概要」』
※規格そのものは購入して読むものです。本記事では項目の名前と考え方だけを扱い、要求事項の文章は引き写していません。 - 厚生労働省「こころの耳」(働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト)相談窓口案内