※本記事にはプロモーション(広告)が含まれます。
前の人が、急にいなくなった。
その仕事が、説明のないまま自分に回ってきた。分からないまま進めて、途中で止まった。あるいは、止めるしかなかった。
そして、別の部署から電話がかかってきた。
結論から書きます。
この記事の結論
途切れたのは、あなたが受け取れなかったからではありません。渡されなかったからです。
この記事では、労働安全衛生法と労働安全衛生規則の条文を引きます。ただ、「会社が悪い」で終わる記事にはしません。 そんなことを書いても、あなたは明日もその職場に行くので。
書くのは2つです。あなたが受け取れなかったものには名前がついているという話と、明日、自分の手でできることの順番です。
途切れたのは、あなたが受け取れなかったからではありません
もう一度書きます。
流れが途切れたのは事実です。他の部署に迷惑がかかったのも、たぶん事実です。
そこは「気にしすぎですよ」で流しません。実際に起きたことなので。
ただ、途切れさせたのは「引き継ぎが無かったこと」であって、「受け取った人」ではありません。
ここだけは、分けて考えていいと思います。


いちばんしんどいのは、たぶん「分からないこと」じゃない
私も同じ状況になったことがあります。
そのとき、自分でも意外だったんですが、いちばんしんどかったのは「作業のやり方が分からないこと」ではありませんでした。
しんどかったのは、こっちです。
本当にしんどかったこと
これまで回っていた仕事のやり方が途切れて、他の部署にまで迷惑をかけてしまったこと。
作業が分からないのは、正直、時間が経てば減っていきます。でも「自分のところで流れが止まった」という感覚は、なかなか減りませんでした。
もし今、あなたが検索窓に打ち込んだ言葉が「引き継ぎ やり方」だったとしても、画面の前で本当に抱えているのは、そっちのほうかもしれません。
そして、ひとつだけ書いておきたいことがあります。
ここだけは伝えたい
あなたがそこに罪悪感を持っているのは、仕事を止めたくなかったからです。
引き継ぎが無かったこの状況で、いちばん失われにくかったものが、それです。
-
-
自分のミスで不良が出たかも、でも言えない|名乗る前にできること
自分のミスかもしれない。でも確証がないし、今さら言えない。「名乗る」ことと「情報を出す」ことは、実は別の行為です。
前の人は、突然いなくなりました
私のときは、前任者が突然辞めました。
引き継ぎの期間は、ありませんでした。資料の説明も、口頭の説明も無いままです。
ただ、ここで書いておきたいことがあります。
前任者が悪い、とは書きません。
辞め方を自分で選べないことは、あります。体調のこともあるし、家庭のこともある。急に決まることもある。「ちゃんと引き継いでから辞めろ」と言える立場に、本人がいなかった可能性は普通にあります。
先輩についても同じです。「教えてくれなかった先輩が悪い」で終わらせると、あなたは明日、その人の隣で作業することになります。
だから、この記事では犯人を探しません。
探すのは、「本来なら何が渡されるはずだったのか」のほうです。
実は、法律には「作業内容を変更したとき」と書いてあります
ここから、少しだけ法律の話をします。長くはしません。
労働安全衛生法の第59条は、こうなっています。
第五十九条 事業者は、労働者を雇い入れたときは、当該労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、その従事する業務に関する安全又は衛生のための教育を行なわなければならない。
労働安全衛生法 第59条第1項・第2項(e-Gov法令検索/太字は筆者)
2 前項の規定は、労働者の作業内容を変更したときについて準用する。
1項は「雇い入れたとき」の話です。入社したときに受ける、あの教育のことですね。
問題は2項です。
「作業内容を変更したときについて準用する」。つまり、入社のときだけじゃなく、作業の中身が変わったときにも、同じ教育をしてください、と書いてあります。
現場には「教育は入ったときにやるもの」という空気があります。
その空気を、条文が正面から否定しています。


-
-
特別教育を受けていない作業をやらされている|受けさせる義務は、会社側にあります
この作業、特別教育がいるやつだった。でも自分は受けていない——それ、あなたの落ち度ではありません。受けさせる義務がどこにあるのかを、労働安全衛生法の条文で確かめます。
あなたが受け取れなかったものには、名前がついています
ここがこの記事でいちばん書きたかったところです。
さっきの59条を受けて、中身を決めているのが労働安全衛生規則の第35条です。
条文は「遅滞なく」教育を行うこと、として、次の8つを挙げています。
第三十五条 事業者は、労働者を雇い入れ、又は労働者の作業内容を変更したときは、当該労働者に対し、遅滞なく、次の事項のうち当該労働者が従事する業務に関する安全又は衛生のため必要な事項について、教育を行なわなければならない。
労働安全衛生規則 第35条第1項(e-Gov法令検索/太字は筆者)
一 機械等、原材料等の危険性又は有害性及びこれらの取扱い方法に関すること。
二 安全装置、有害物抑制装置又は保護具の性能及びこれらの取扱い方法に関すること。
三 作業手順に関すること。
四 作業開始時の点検に関すること。
五 当該業務に関して発生するおそれのある疾病の原因及び予防に関すること。
六 整理、整頓及び清潔の保持に関すること。
七 事故時等における応急措置及び退避に関すること。
八 前各号に掲げるもののほか、当該業務に関する安全又は衛生のために必要な事項
読みにくいので、自分の状況に当てて並べ直します。
この8つのうち、あなたはどれを受け取りましたか
| # | 条文の言葉 | 現場の言葉にすると |
|---|---|---|
| 一 | 機械等、原材料等の危険性・有害性と取扱い方法 | その設備や材料の、危ないところと扱い方 |
| 二 | 安全装置・保護具の性能と取扱い方法 | インターロックやカバー、保護具の使い方 |
| 三 | 作業手順に関すること | 手順。引き継ぎで渡されるはずだった、まさにこれ |
| 四 | 作業開始時の点検 | 始業前に何を見るか |
| 五 | その業務で起こりうる疾病の原因と予防 | 体に出るものと、その防ぎ方 |
| 六 | 整理、整頓及び清潔の保持 | 置き場所と片づけのルール |
| 七 | 事故時等における応急措置及び退避 | 異常が出たとき、どうするか |
| 八 | その他、安全衛生のために必要な事項 | 上に入らない、その現場だけのこと |
三番目です。「作業手順に関すること」。
引き継ぎで渡されるはずだったものは、法律の言葉だと、ここに入ります。
そして条文には「遅滞なく」と書いてあります。
つまり、あなたが「分からないまま時間だけ過ぎた」あの期間は、条文が想定している状態ではありません。


教わったのに覚えられない、というほうがしんどい人は、下の記事のほうが近いかもしれません。この記事は「そもそも渡されなかった」ほうの話です。
-
-
工場の仕事が覚えられない…「前も言ったよね」が怖いあなたへ
「前も言ったよね」が怖くて、もう聞き直せない。でも教える側が見ているのは、前回の3〜5割が残っているかどうかだけでした。
ただし、教育を省略できる場合もあります
都合のいいところだけ書くのはフェアじゃないので、続きも書きます。
同じ第35条には、2項があります。
2 事業者は、前項各号に掲げる事項の全部又は一部に関し十分な知識及び技能を有していると認められる労働者については、当該事項についての教育を省略することができる。
労働安全衛生規則 第35条第2項(e-Gov法令検索/太字は筆者)
すでに十分な知識と技能がある人については、その項目を省略できる、という規定です。
だから、たとえば同じ職場で似た設備をずっと触ってきた人が、隣の号機を任されたとき。1つ目や2つ目の項目が改めて説明されなかったとしても、それだけで「おかしい」とは言えません。
ここは正直に書いておきます。
ここは正直に書きます
「省略できる」のは、その人がすでに知っている項目についてです。
知らない状態のまま渡されたものまで、省略の話に入るわけではありません。
「引き継ぎがないのは違法だ」とは、私には書けません
ここも、はっきりさせておきます。
ネットで「引き継ぎ 義務」と調べると、弁護士事務所の記事がたくさん出てきます。ただ、あれはほとんど会社側に向けて書かれたものです。「引き継ぎをせずに辞めた社員に損害賠償を請求できるか」という論点なんですね。
そこで共通して書かれているのは、「引き継ぎそのものを義務づける法律の条文はない」ということです。
だから、「引き継ぎがないのは違法です」とは、私には書けません。
そして、さっきの59条2項も、条文の言葉は「作業内容を変更したとき」であって、「引き継ぎ」ではありません。
前任者の仕事を引き継いで、自分の作業内容が変わったのなら、当てはまり得ます。 ただ、同じ作業のまま担当者が増えただけ、という形もあります。 そこは、あなたのケース次第です。
なので、この記事の言い方はこうなります。
この記事の言い方
あなたのケースが「作業内容の変更」にあたるなら、そこには事業者がやるべき教育があった。
「引き継ぎが無いのは違法だ」ではなく、「教育の話としては、こういう決まりがある」。
弱く聞こえるかもしれません。でも、言えないことを言い切る記事は、あなたが職場で使えないので。
教える側にも、受けるべき教育があります
もうひとつだけ、条文を出します。労働安全衛生法の第60条です。
第六十条 事業者は、その事業場の業種が政令で定めるものに該当するときは、新たに職務につくこととなつた職長その他の作業中の労働者を直接指導又は監督する者(作業主任者を除く。)に対し、次の事項について、厚生労働省令で定めるところにより、安全又は衛生のための教育を行なわなければならない。
労働安全衛生法 第60条(e-Gov法令検索/太字は筆者)
一 作業方法の決定及び労働者の配置に関すること。
二 労働者に対する指導又は監督の方法に関すること。
三 前二号に掲げるもののほか、労働災害を防止するため必要な事項で、厚生労働省令で定めるもの
二号を見てください。「労働者に対する指導又は監督の方法に関すること」。
教え方は、教育される事項として法律に書かれています。
つまり、教え方は個人のセンスや性格の問題としては扱われていないということです。教わるものとして書かれている。
これ、地味ですがけっこう大きいと思っています。「教えるのがうまい先輩・下手な先輩」という話にしなくて済むからです。
先輩を責めなくていいし、同時に、「教わり方が下手な自分が悪い」という結論にも行かなくて済みます。
明日できること① まず、残っているものを探す
ここから、明日の話です。
よくある助言は「分からないなら勇気を出して聞きましょう」です。
私は、そこから始めませんでした。順番が逆だったからです。
私が実際にやったのは、こっちでした。
まず探すもの(8項目が地図になります)
・手順書、作業標準
・チェックシート、日報、点検表
・前任者が机やロッカーに残していったメモ
・過去の不良やクレームの記録、是正処置の報告書
・図面、仕様書、設備のマニュアル
・生産管理のデータ、前回のロットの記録
前任者がいなくても、何かしら残っていることがあります。
さっきの8項目が、そのまま「何を探すか」の地図になります。
手順は?(三号) 始業前の点検は?(四号) 異常が出たときは?(七号) 置き場所のルールは?(六号)
「何が足りないか分からない」状態から、「三号と七号が無い」に変わるだけで、ずいぶん動きやすくなります。
ひとつ、正直に書いておきます。
探しても、何も出てこないことはあります。
そのときは、それでいいです。「無い」と分かったこと自体が収穫です。 少なくとも、探さずに悩んでいた時間は終わります。
明日できること② そのうえで、「疑問点」だけを聞く
資料を読んだあとで、私は先輩に聞きに行きました。
聞いたのは、「疑問点」だけです。これ、順番が大事でした。理由は2つあります。
ひとつ目。「全部教えてください」は、相手の時間を大きく取るので、言い出しにくい。
聞かれた側も、どこから話せばいいか分かりません。だから、お互いに重い。
でも「この工程の、ここだけ分かりません」は小さいので、言えます。 相手も答えやすい。
ふたつ目。これが、いちばん現実的な理由でした。
私は先輩に、「引き継がれていません」とは言えませんでした。
その先輩から引き継いだ形になっていたので、言った瞬間に、文句として響いてしまうからです。
だから、苦情ではなく、質問に振り替えました。
| 言えなかった言い方 | 実際に使った言い方 |
|---|---|
| 「引き継ぎが無くて困っています」 | 「この記録の、この欄の意味が分からないので教えてください」 |
| 「教えてもらっていません」 | 「この工程の、ここだけ分かりません」 |
内容はほぼ同じことを言っているのに、相手に届く形が全然違います。


「分かりません」がどうしても言えないときの話は、こっちにまとめています。
-
-
「分かりません」が言えないとき|質問は「予約」できます
その場では聞けない、あとで聞くと責められる。あの板挟みは度胸の問題ではありません。質問は「予約」できます。
-
-
工場で「やったことないです」が言えない ― YESマンが一番損をする理由
やったことのない作業を頼まれて、つい「はい」と言ってしまう。その一言が、本来受けられるはずの教育を消していることがあります。
入口の教育は、あった。それでも
ひとつ、書いておきたいことがあります。
私は、入社したときの安全衛生教育は、ちゃんと受けています。
やっていない会社だったわけではないんです。入口では、きちんとありました。
それでも、作業が変わるときには、無かった。
ここが大事だと思っています。
教育の仕組みが「ゼロの職場」だったわけではなく、「入口にしか無い職場」だった。
たぶん、多くの現場がそうです。入社時の教育は形になっている。でも、人が急に抜けて、誰かがその穴に入るときの教育は、決まった形になっていない。
だから、これはあなたが頑張らなかったから起きたことではありません。
制度が入口までしか届いていなかった、という話です。
それでも、何年も同じことが続いているなら
ここまでは、明日の職場でできることを書いてきました。
そのうえで、少しだけ別の角度の話をします。もし今の職場で、
- 人が抜けるたびに、同じことが繰り返されている
- 手順書やチェックシートが、そもそもほとんど残っていない
- 作業が変わっても、説明が無いのが当たり前になっている
こういう状態が何年も続いているなら、その環境が自分に合っているかどうかを、一度だけ考えてみてもいいと思います。
すぐ辞めましょう、という話ではありません。
ただ、教育や手順の仕組みは、同じ製造業でも会社によってかなり差があります。 作業標準がきちんと整っている現場もあるし、異動のたびに教育の記録を残している会社もあります。
世の中の工場が全部こうではない、ということは知っておいて損はないです。
比べてみて「今のところのほうがマシだな」と思えたなら、それはそれで収穫です。自分の職場を外から見られるようになるだけでも、気持ちは少し落ち着きます。
私は、自分が渡す側になったときのことを決めました
最後に、私の話を書いて終わります。
あのとき苦労したあと、自分の中でひとつ決めたことがあります。
自分が辞めるときや、担当が変わるときは、後の人が同じ思いをしないように引き継ごう。
日付の入ったメモでもいいし、手順のコピーに書き込んだものでもいい。次の人が「探せば出てくる」状態にしておく、というくらいのことです。
ただ、これは私が自分に決めたことです。
あなたに「だからあなたも後任のために」と言うつもりはありません。
今、流れを止めてしまって落ち込んでいる人に、次の宿題を渡すのは違うと思うので。
あなたが今日持って帰るのは、宿題ではなく、次に同じ場面が来たときの動き方のほうです。
最後にもう一度だけ、まとめます。
この記事のまとめ
- 途切れたのは事実。でも、途切れさせたのは「引き継ぎが無かったこと」であって、受け取ったあなたではありません
- 法律には「作業内容を変更したとき」の教育について書かれています(安衛法59条2項)
- 受け取るはずだったものは8項目で決まっています(安衛則35条1項)。ただし、すでに知識・技能がある項目は省略できます(同2項)
- 教え方も、教育される事項として法律に書かれています(安衛法60条)。先輩のセンスの問題ではありません
- 明日できることは2つ。①まず残っているものを探す ②そのうえで「疑問点」だけを聞く
止めてしまった日のことは、たぶんしばらく残ります。私も残りました。
でも、あの日あなたが持っていなかったのは、能力ではなく、渡されるはずだった紙とひとことです。
この記事の出典
・労働安全衛生法 第59条・第60条(e-Gov法令検索)
・労働安全衛生規則 第35条・第40条(e-Gov法令検索)
※法令の条文は著作権法第13条により著作権の対象外のため、そのまま引用しています。