

朝、工場の門をくぐったあたりから、少しずつ気が重くなる。
更衣室で着替えながら、頭の中でぼんやり昨日を巻き戻している。何かやらかしてないかな。今日、名前を呼ばれないかな。
そして朝礼が始まる。
「昨日の件だけど」
——この一言で、心臓が落ちる感じ。わかります。私も、いまだにそうです。
この記事は、その朝礼のことを書きます。ただし先に、書かないことを断っておきます。
この記事は、パワハラかどうかを判定する記事ではありません
上司や会社を悪者にする記事でもありません。 事情を聞くこと自体は、現場では必要なことです。私が書きたいのはそこではなくて、聞かれる側が丸腰すぎませんかという話です。
職場での扱いに困っているときの相談先は、記事の終わりのほうに書いています。
先に結論から書きます。
朝礼がつらいのは、詰められるからじゃないと思う
いちばんつらいのは、覚えていないときです。
言われて初めて「そんなことあったっけ」となる。昨日のことなのに、鮮明に思い出せない。だから、
「覚えがないです」
「覚えてないです」
としか言えない。
そして、その返事をした瞬間の空気。ごまかしているように聞こえたかな、逃げたと思われたかな、と自分でも思ってしまう。
私が長いことつらかったのは、実はここでした。詰められること自体ではなくて、答えられないこと。そして、答えられない自分が悪いんだと思ってしまうこと。
これ、あなたの記憶力の問題ではありません。
考えてみれば当たり前で、現場の一日は、似た作業の繰り返しです。同じ場所で、同じものを、同じ手順で扱う。昨日と一昨日とその前が、記憶の中で層になって重なっています。
だから「昨日の15時ごろ」と言われても、どの日の15時なのか、脳のほうが区別をつけていない。 特別なことが起きた日は覚えていますが、いつもどおりだった日ほど、思い出せなくて当然です。
そのことを、国が出している資料を1枚使って説明します。
あの緊張、わかります
もう少しだけ、共感の話をさせてください。
朝礼で詰められる場面って、だいたい決まっていませんか。
- 昨日やるべきだった仕事が、やられていなかったと報告される
- 不良が出て、その経緯を聞かれる
- 数字が悪かったので、原因を詳しく聞かれる
どれも「悪いことをした」わけではないのに、説明を求められる側に立たされます。
しかも聞かれ方は、その日によって違います。全体の前で名前が出ることもあるし、朝礼が終わってから「ちょっと残って」と個別に呼ばれることもある。
私は今でも、朝礼のときは緊張します。昨日、なにかやらかしてないかなと思いながら並んでいます。何年やってもここは慣れませんでした。
だから、もしあなたが「自分だけがビクビクしている」と思っているなら、そんなことはないです、と言いたいです。
「覚えていません」は、国の様式が想定している回答です
ここからが本題です。
厚生労働省の労働局が、現場向けにヒヤリハット報告制度の導入例という資料を公開しています。報告書の様式と、その記入例が付いた8ページの資料です。
その記入例のページに、吹き出しでこう書かれています。
ここは、わからなければ、空欄のままで提出してもかまいません。ただし、不明な点があれば、後でお聞きします。
新潟労働局「ヒヤリハット事例・想定ヒヤリ 報告制度の導入について(例)」記入例
読んでみてください。
「わからなければ、空欄でいい」と、国の側が先に書いているんです。
しかも「そのかわり適当に埋めろ」とは書いていません。「後でお聞きします」と続きます。つまり、分からないところは分からないまま出して、必要なら後から確認する、という順番で設計されている。
これ、朝礼でも同じだと思うんです。
昨日のことを今日聞かれて、思い出せないことがある。それは想定内で、その場で埋めなくていい。分からないものを分からないと言うのは、逃げではなくて、手続きどおりなんです。
ただし、言い切れないこともあります
「覚えていませんと言えば必ず納得してもらえます」とは書けません。 職場によって受け取られ方は違います。ただ、答えられない自分を責める必要はない——ここだけは、資料が味方をしてくれます。
推測で答えるほうが、あとで困ります
もうひとつ、大事なことがあります。
思い出せないのに、その場の空気で埋めてしまうことのほうが危ないということです。
「たぶん、急いでたからだと思います」
「確認が足りてなかったんだと思います」
覚えていないのに、こう言ってしまったことはないでしょうか。私はあります。その場が終わってほしくて言ってしまうんですよね。
でも、この一言はその場で消えません。報告書に書かれ、原因として記録され、そこから対策が決まります。
推測で埋めると、こうなります
間違った原因が記録される
↓
そこから間違った対策が決まる
↓
その対策が全員に配られる
↓
本当の原因は、そのまま残る
しかも、あとで本当のことが分かったとき、「前に言ってたことと違うじゃないか」となるのは、言ってしまったあなたです。
だから、「覚えていません」は誠実な回答なんです。 分からないものを分からないと言うのは、手抜きではなく、記録を汚さないための行為です。
※もし「本当は心当たりがある。でも言い出せない」という状態なら、それはまた別の悩みです。そちらは別に書いています。
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本当に危ないのは、詰められた「あと」の半日です
ここが、この記事でいちばん伝えたいところです。
朝礼で詰められると、その日の仕事はじめからテンションが落ちます。
そして、落ちたまま作業に入る。手は動いているけれど、頭の中では朝のことがずっと回っている。あの言い方はなんだったんだろう、明日もまた言われるのかな、と。
この状態のときに、別のミスが起きます。
私の場合、これがいちばん怖かったです。朝に言われたことよりも、その動揺が呼んだ2つ目の失敗のほうが、実害としては大きかった。朝の話が一日じゅう頭から離れず、その結果また何かをやってしまう。二重に食らうわけです。
しかも厄介なのは、この2つ目のミスが翌日の朝礼の議題になることです。ループになります。
これを「気持ちを切り替えましょう」で片づけたくありません。切り替えられるなら苦労しないからです。
大事なのは、動揺している自分は、いつもの自分より危ないと知っておくこと。そこから先は、気合いではなく手順の話になります。
※ミスそのものを引きずってしまう、落ち込みが止まらないというときは、そちらも別に書いています。
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それも、様式に最初から並んでいます
「動揺したまま作業に入ると危ない」というのは、私の感想ではありません。
さっきの資料に戻ります。ヒヤリハット報告書の様式には、「心身分析」という欄があって、そのときの自分の状態に○をつける12項目が並んでいます。
1. よく見え(聞こえ)なかった/2. 気がつかなかった/3. 忘れていた/4. 知らなかった/5. 深く考えなかった/6. 大丈夫だと思った/7. あわてていた/8. 不愉快なことがあった/9. 疲れていた/10. 無意識に手が動いた/11. やりにくかった/12. 体のバランスをくずした
同資料「ヒヤリハット・想定ヒヤリ 報告書」様式の心身分析欄
7番と8番を見てください。
「あわてていた」「不愉快なことがあった」
これが、危ないことが起きたときの状態として、最初から選択肢に入っているんです。
つまり、嫌なことがあった直後の人はミスをしやすいというのは、現場の常識としてとっくに織り込み済みだということ。あなたが弱いから動揺するのではなくて、動揺した人は危ない、というのが前提なんです。
だとしたら、朝礼のあとに気持ちが落ちている自分は、責める対象ではなく、注意して扱うべき状態です。
ついでに、3番も見ておいてください。
「3. 忘れていた」
これも、最初から選択肢に入っています。忘れることは、異常ではなく想定内。 だから様式にあらかじめ枠が用意されている。
「覚えていない」「忘れていた」を、恥ずかしいことのように扱っているのは、たぶん私たちのほうです。制度の側は、最初からそれを前提に作られています。
明日できること(3つだけ)
お金も決裁もいりません。今日の帰りと、明日の朝からできることだけ書きます。
step.1
退勤前に、1行だけメモする
これがいちばん効きます。書き方は次の章で。step.2
覚えていないときは「覚えていません」と言う
そのうえで「確認して、あとで報告します」と足せると、なお良いです。その場で埋めない。step.3
朝礼のあと30分は、いつもの手順を1つずつ確認する
動揺しているときは手が勝手に動く(12項目の10番です)。最初の1工程だけでも声に出す、指をさす、いつもより1回多く見る。
※step.3は「気をつける」ではなく手順として書いています。気をつけようと思うだけでは、たいてい無理です。
1行メモは「やったこと」ではなく「いつもと違ったこと」
3つの中で、いちばん効くのがメモです。ただし、書き方にコツがあります。
やったことを全部書こうとすると、続きません。
書くのは、その日いつもと違ったことだけです。
1行メモに書くこと(例)
- 材料が途中で変わった
- 機械の調子が朝と夕方で違った
- 応援に入った/入ってもらった
- 段取り替えが1回多かった
- 途中で呼ばれて、作業が中断した
これを1行。スマホのメモでも、手帳の端でもいいです。
なぜ「いつもと違ったこと」かというと、翌朝に聞かれるのは、たいていそこだからです。いつもどおりだった日のことは、そもそも聞かれません。
そして、これがあると、朝礼での返事が変わります。
「覚えていません」から、「昨日は途中で応援に入ったので、その前後だと思います」に変わる。
言えることが1つあるだけで、あの数十秒の重さがまるで違います。
このメモは、会社に出すものではありません
提出物でも、記録でもありません。自分が思い出すためだけのものです。誰かに見せる義務もありません。
※会社に出すほうの記録——検査記録や報告書が何のためにあるのかは、別に書いています。
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工場の検査記録は何のために書くのか|意味が分かると漏れが減る
チェックシートが、作業を増やすだけの仕事に見える。何のために書いているのかが分かると、書き方も、見るべき場所も変わります。
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全体の前と、個別に呼ばれるとき
聞かれ方には2つあります。
全体の前で名前が出るとき。 正直、内容よりこっちがきついという人は多いと思います。私もそうです。人前で名指しされると、内容が頭に入ってこなくなる。
このときに覚えておきたいのは、その場で全部を答えきる必要はないということです。「今すぐは思い出せないので、確認してから報告します」で、いったん降りていいと思います。全体の場は、そもそも細かい経緯を詰める場ではないからです。
個別に呼ばれるとき。「ちょっと残って」と言われるやつです。心臓に悪いですが、実はこちらのほうが話しやすいことがあります。人の目がないぶん、「実は覚えていないんです」と言いやすい。
どちらの場合も、答えを作らないこと。 これだけは同じです。
そしてもうひとつ。さっきの資料には、聞く側についてもこう書かれています。
労働者を責めないという取決めをし、これを実行しないと、制度が長続きしません。
同資料(出典:職場のあんぜんサイト 安全衛生キーワード)
責めないことは、優しさではなく制度の条件として書かれている。ここは、知っておくだけでいいと思います。誰かにぶつける必要はありません。
それでも、毎朝がしんどい日が続くなら
ここまで書いてきたことは、あくまで「明日の朝礼を、少しだけ軽くする」ための話です。
もし、
- 朝礼のことを考えて眠れない日が続く
- 出勤前に体調が悪くなる
- 休みの日も、そのことばかり考えてしまう
——という状態が続いているなら、それは工夫でどうにかする段階ではないかもしれません。
一人で抱えなくていい場所があります
厚生労働省が「こころの耳」という相談窓口を用意しています。電話・メール・SNSで、無料・匿名で相談できます。会社に知られることもありません。
私は医療の専門家ではないので、ここから先は書けません。ただ、相談できる場所があるということだけは、書いておきたいです。
よくある質問
「覚えていません」と言ったら、開き直っていると思われませんか?
言い方で受け取られ方は変わると思います。おすすめは、そこで終わらせないことです。「覚えていないので、確認してから報告します」と続けると、逃げではなく手続きとして伝わりやすいです。ただし、必ずうまくいくとは言えません。 職場によって空気は違います。
覚えていないのに、周りが「あなたがやった」と言うときは?
その場で認めなくていいと思います。「記録を見て確認します」でいったん止める。記憶と記録は別のもので、こういうときに効くのは記録のほうです。
メモを取っていることを、上司に知られたくないのですが
見せる必要はありません。自分が思い出すためだけのものです。内容も「材料が変わった」「応援に入った」程度で十分なので、誰かの評価を書き残す必要もありません。
朝礼で毎日誰かが詰められています。これって普通なんですか?
「普通かどうか」は職場によります。ただ、さきほどの資料では、朝礼は報告を引き出すための機会として書かれていました。言わせる場ではなく、言いやすくする場という位置づけです。そこから外れていると感じることはあると思いますが、この記事はその判定をしません。
詰められた日は、もう一日ダメになります
私もそうです。だからこそ、朝礼のあと30分をどう通過するかを先に決めておくのがいいと思います。動揺したまま手を動かすのが、いちばん危ないので。
これってパワハラでしょうか?
ここでは判定できません。 内容・頻度・言い方・関係性で変わりますし、個別の事情がすべてです。気になるときは、社内の相談窓口や、都道府県労働局の総合労働相談コーナー(無料)に相談してみてください。
まとめ
長くなったので、ここだけ持って帰ってもらえたら十分です。
この記事のまとめ
1. 朝礼がつらいのは、詰められるからではなく、覚えていないからかもしれません。 そしてそれは、記憶力の問題ではありません。似た一日の繰り返しだからです。
2. 「覚えていません」は、国の様式が想定している回答です。 記入例に「わからなければ空欄のままで提出してもかまいません」と書かれています。推測で埋めるほうが、間違った対策を生みます。
3. 本当に危ないのは、詰められたあとの半日です。「あわてていた」「不愉快なことがあった」は、報告書の心身分析に最初から並んでいる項目。動揺した自分は、責める対象ではなく、注意して扱う状態です。
そして明日の帰りに、1行だけメモしてみてください。いつもと違ったことを、ひとつ。
それだけで、明後日の朝礼が少し軽くなるかもしれません。


出典
- 厚生労働省 新潟労働局「ヒヤリハット事例・想定ヒヤリ 報告制度の導入について(例)」(報告書様式・記入例・解説)
- 厚生労働省「職場のあんぜんサイト」安全衛生キーワード
- 厚生労働省「こころの耳」(働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト)
※この記事は公的資料と、筆者の現場での経験をもとに書いています。心身の不調が続くときは、医療機関や産業医にご相談ください。職場の扱いに困ったときは、社内の相談窓口や都道府県労働局の総合労働相談コーナーもあります。