現場のコツ・あるある

仕事中のケガを労災にせず自腹で払った。責められる話ではなく損の話

仕事中のケガで、労災を使わなかった。治療にかかったお金は、自腹で払った。——もし、あなたがその状態なら。

先に答えを書きます。厚生労働省が「労災かくし」と呼んでいるのは事業者がする行為のことで、その定義に労働者本人は出てきません。 だからこれは、あなたが責められる話ではなく、あなたが損をしている話です。

「自腹で払った場合でも労災隠しになりますか」。そう打ち込んで来た人に向けて書いています。

私も、同じことを考えます。

「労災が出たら、また改善や対策があるのか。それでまた、仕事の負担が増えると考えてしまいます。」

それに、無事故が続いているときは、言いにくいです。

ケガのことより先に、「言ったらどうなるか」のほうを考えちゃったんです。
ハル
アヴァン
わかります。私もそこを考えます。だから今日は、その考えたことを条文の側から確かめます。

確かめるのは2つです。①言えば本当に「対策」が増えるのか ②自分で払ったぶんは、今どういう扱いなのか。

手続きの話を先にはしません。あなたが天秤にかけたものを、無かったことにしないためです。

目次
  1. その見積もりは、外れていません——「言えば対策が増える」を条文で3つに分ける
    1. 「しなければならない」と書いてあったのは、探した範囲ではここだけでした
    2. やり直しの引き金は、「あなたのケガ」ではなく「前の調査の穴」です
    3. 「労災が認められたら労基署から対策を求められる」は、裏が取れませんでした
    4. "対策"が作業者に返ってくるとき、それはどういう形か
  2. この記事が答えられないことを、先に2つ
  3. 「労災かくし」と呼ばれているのは、事業者がする行為のことです
    1. その報告義務が動き出す条件は、「休業したとき」です
    2. 同じ「97条」で、中身が正反対のものが2つあります
    3. ここで止めません。休業したのなら、会社の側に義務が残っています
  4. 「軽かったので」——行政が同じ言葉をどう定義しているか
  5. 仕事中のケガを労災に使わなかった自腹のぶん。請求するのはあなたで、期限は2年です
    1. 期限は2年。しかも数え方が「払った日ごと」です
    2. 休んだ日数で、扱いが変わります
  6. 不利になりうることも、先に並べておきます
  7. 保険証を出して受診していた場合、切り替えの手続きがあります
  8. 明日できること:「ケガをした日」と「お金を払った日」を、紙に書いておく
    1. 領収書は、あればもっと良い、という位置です
    2. 私も、知りません
  9. まとめ:天秤に、あなたが払ったぶんは載っていなかった

その見積もりは、外れていません——「言えば対策が増える」を条文で3つに分ける

先に結論です。


「言えば必ず対策が増える」は、条文のうえでは正確ではありません。かといって「何も起きない」でもありません。

どちらかに寄せたほうが読みやすいのですが、寄せません。開いてみたら、両方の筋があったからです。

(「労災 めんどくさい」。そう検索窓に打つ人は実際にいて、知恵袋にもそのままの質問があります。)

「労働災害が発生したら再発防止対策を実施しなければならない」と正面から書いた条文は、探した範囲では見つかりませんでした。

近いものを、義務の強さの順に並べます。

「しなければならない」と書いてあったのは、探した範囲ではここだけでした

事業者は、政令で定める業種及び規模の事業場ごとに、次の事項を調査審議させ、(略)安全委員会を設けなければならない。(略)二 労働災害の原因及び再発防止対策で、安全に係るものに関すること。

(労働安全衛生法 第17条第1項・第2号)

「労働災害の原因及び再発防止対策」が、「しなければならない」の側に出てきます。安全委員会がある事業場では、ここは調査審議する事項です。

あなたの見積もりは、この条文の側から見れば当たっています。気にしすぎではありません。

ただし条件があります。「政令で定める業種及び規模の事業場ごとに」。

その業種と人数を決めているのは、労働安全衛生法施行令8条です。林業・鉱業・建設業や、製造業のうち木材・木製品製造業、化学工業、鉄鋼業、金属製品製造業、輸送用機械器具製造業などは50人。その他の対象業種は100人で線引きされています。

だから「あなたの職場に安全委員会があります」とも「ありません」とも書けません。書けるのは、その委員会がある職場なら、再発防止対策は法令に書かれた審議事項だというところまでです。

やり直しの引き金は、「あなたのケガ」ではなく「前の調査の穴」です

現場の「対策」のおおもとに、リスクアセスメントがあります。根拠は労働安全衛生法28条の2第1項ですが、文末を見てください。

(略)必要な措置を講ずるように努めなければならない。ただし、(略)製造業その他厚生労働省令で定める業種に属する事業者に限る。

(労働安全衛生法 第28条の2第1項/抜粋/太字は引用者)

「努めなければならない」=努力義務。 ただし書で名指しされた業種に製造業が入っているので、製造の現場は範囲の中です。

いつやるのかは、労働安全衛生規則24条の11第1項が4つ挙げています。

一 建設物を設置し、移転し、変更し、又は解体するとき。
二 設備、原材料等を新規に採用し、又は変更するとき。
三 作業方法又は作業手順を新規に採用し、又は変更するとき。
四 前三号に掲げるもののほか、(略)危険性又は有害性等について変化が生じ、又は生ずるおそれがあるとき。

(労働安全衛生規則 第24条の11第1項)

「労働災害が発生したとき」は、この4つに書かれていません。 4号に含まれ得るだけです。

「労災が起きたら調査をやり直す」は、厚生労働省の指針の文です。

労働災害が発生した場合であって、過去の調査等の内容に問題がある場合

(危険性又は有害性等の調査等に関する指針 5(1)オ(ア))

条件が2つあります。労働災害が発生したことと、過去の調査等の内容に問題があること。


つまり、やり直しの引き金は「あなたのケガ」だけではなく、「前の調査に穴があったこと」とセットで書かれています。

慰めで書いているのではありません。指針がそう書いてあるという事実です。そこで止めます。

「労災が認められたら労基署から対策を求められる」は、裏が取れませんでした

知恵袋には「労災認定されると、業務改善に関する対策や再発防止策を労基署から求められたり(略)」という回答が付いていました(質問の投稿日は2019年6月2日)。

この条件を定めた一次資料は、今回、見つけられませんでした。

監督官が立ち入る根拠(労働安全衛生法91条1項)は「この法律を施行するため必要があると認めるとき」、使用停止等を命じる根拠(同法98条1項)は「違反する事実があるとき」(対象は法20条から25条までなどの規定)、労働者災害補償保険法48条1項の立入検査は「この法律の施行に必要な限度において」。

どれも「労災が出たら」「認定されたら」という形になっていません。

この回答を書いた人を間違い扱いするつもりはありません。書けるのは、「よく言われていますが、条件を定めた一次資料は見つけられませんでした」まで。そこから一歩出ません。

"対策"が作業者に返ってくるとき、それはどういう形か

同じ指針の10(1)に、リスクを下げる手立ての優先順位が書かれています。

ア 危険な作業の廃止・変更等、設計や計画の段階から(略)危険性又は有害性を除去又は低減する措置/
イ インターロック、局所排気装置等の設置等の工学的対策/
ウ マニュアルの整備等の管理的対策/
エ 個人用保護具の使用

(危険性又は有害性等の調査等に関する指針 10(1))

現場で「対策」と呼ばれて増えるもの——手順書、チェック項目、注意喚起の紙——は、この順番では「ウ」。下から2番目です。

「本当は設備を変えるべきなのに書類で済ませている」という話ではありません。私はあなたの職場を見ていません。指針にこの順番が書いてある、という事実だけを置きます。

そのうえで、肝心なところ。その「ウ」の書類を実際に書くのが自分かどうかは、職場によって違います。

私の職場では、書くのは自分ではありませんでした。

だから「あなたが原因欄と対策欄を書かされる」とも、「上の人がやるので、あなたには何も来ません」とも書きません。

書くのが誰であっても、作業者の側に来るところは残ります。

  • 聞き取りに答える。
  • 立ち会う。
  • 追加された手順を、明日から毎日やる。

書くのは上の人でも、聞かれるのは自分。 その形は、是正処置報告書が何往復もする話で書きました。

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あなたが天秤にかけたのは、この3本にあるようなことだったはずです。それは、思い込みではありません。

この記事が答えられないことを、先に2つ

知恵袋には、こういう書き込みがあります。

工場勤務です。(略)会社側は無事故継続が途切れるとか、労災扱いになるのを嫌がっているので、みんな怪我をしても黙っています。(略)工場ってこれが普通ですか?

(Yahoo!知恵袋・2023年7月25日の質問より)

別の人は「労災を使うと評価が落ちて会社に居づらくなくなりますか?」と書いています(2022年10月30日・36,974閲覧)。

はっきり書きます。


この記事は、あなたの職場でこの先どう扱われるか、人事の評価がどうなるかには答えられません。

人の評価の付け方を、法令が決めているわけではないからです。

「評価は下がりません」とは書けません。「うちは普通ですか」にも答えられません。

答えられないことの隣に、書けることもあります。


あなたが自分で払ったぶんの扱いは、職場の事情とは関係なく決まっています。

この記事で扱うのは、そちらだけです。

「労災かくし」と呼ばれているのは、事業者がする行為のことです

「労災かくし」とは、事業者が労災事故の発生をかくすため、労働者死傷病報告(労働安全衛生法第100条、労働安全衛生規則第97条)を、(1)故意に提出しないこと、(2)虚偽の内容を記載して提出することをいいます。

(厚生労働省「労災かくしとは何ですか。」)
  • 誰の行為か=「事業者が」
  • 何をすることか=労働者死傷病報告を、故意に出さないか、虚偽の内容で出すこと

この定義に、労働者本人は出てきません。

あなたがしたのは「自分の体のことを会社に伝えなかった」ことで、提出義務のある報告を故意に出さなかったわけではありません。義務の主体が、そもそも違います。

その報告義務が動き出す条件は、「休業したとき」です

事業者は、労働者が労働災害(略)(以下「労働災害等」という。)により死亡し、又は休業したときは、遅滞なく、電子情報処理組織を使用して、次に掲げる事項を所轄労働基準監督署長に報告しなければならない。

(労働安全衛生規則 第97条第1項/抜粋/太字は引用者)

2項は「前項の場合において、休業の日数が四日に満たないとき」の、四半期ごとのまとめ報告です。

1項も2項も、"休業"が前提になっています。

当てはめると、こうなります。

  • その日も次の日も出た(休んでいない) → 規則97条の1項も2項も対象外
  • 1〜3日休んだ → 2項の、四半期まとめ報告の対象
  • 4日以上休んだ → 1項の「遅滞なく」報告の対象

なお、この報告は2025年(令和7年)1月1日から電子申請が義務化され、従前の様式第23号・第24号は使用しないこととされています(端末が無い等で困難な場合は、当分の間、書面も可)。

会社側の手続きの話なので、ここまでにします。報告をしなかった場合の罰則は労働安全衛生法120条5号にありますが、これも会社に向いたルールです。

同じ「97条」で、中身が正反対のものが2つあります

いま見たのは労働安全衛生規則97条(労働者死傷病報告)。会社の側のルールです。

もう1つ、労働安全衛生法97条は、あなたの側のルールです。

作業従事者は、事業場にこの法律又はこれに基づく命令の規定に違反する事実があるときは、その事実を都道府県労働局長、労働基準監督署長又は労働基準監督官に申告して是正のため適当な措置をとるように求めることができる。

(労働安全衛生法 第97条第1項)

事業者は、前項の申告をしたことを理由として、労働者に対し、解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

(労働安全衛生法 第97条第2項)

労働基準法104条も同じ形です(1項=申告することができる/2項=申告を理由に解雇その他不利益な取扱をしてはならない)。


規則の97条は「会社が報告する義務」。法の97条は「あなたが申告できる権利と、その保護」。

番号が同じだけで、向きが逆です。検索して混ざったら、「法」か「規則」かを見てください。

「休業したかどうか」で分かれる、会社の報告義務(労働安全衛生規則97条) 会社が労働基準監督署に報告する義務が、休業したかどうかで3つに分かれることを並べた図です。休んでいない場合は規則97条の1項も2項も対象外。1〜3日休んだ場合は2項の、四半期ごとのまとめ報告の対象。4日以上休んだ場合は1項の「遅滞なく」報告の対象になります。1項の条文は「死亡し、又は休業したとき」です。休業が1〜3日のときは、労災保険の休業補償は第四日目からで(労働者災害補償保険法14条1項)、その3日は事業主に休業補償を行う義務があります(労働基準法76条1項)。この図は会社の報告義務の分かれ方で、あなたがする請求は、これとは別のしくみです(労働者災害補償保険法12条の8第2項)。根拠は労働安全衛生規則97条1項・2項で、2026年9月28日に e-Gov と厚生労働省のページで確認しました。 会社が労働基準監督署に報告する義務は、 「休業したかどうか」で分かれます あなたの勤怠 会社の報告義務(規則97条) 休んでいない → 規則97条の1項も2項も 対象外 1〜3日休んだ → 2項の、四半期ごとの まとめ報告の対象 4日以上休んだ → 1項の「遅滞なく」報告の対象 この図は、会社の報告義務の分かれ方です。 あなたがする請求は、これとは別のしくみです。 (労働者災害補償保険法12条の8第2項) ※1項の条文は「死亡し、又は休業したとき」です ※休業が1〜3日のときは、労災保険の休業補償は第四日目  から(労働者災害補償保険法14条1項)。その3日は  事業主に休業補償を行う義務(労働基準法76条1項) 根拠:労働安全衛生規則97条1項・2項 2026年9月28日に e-Gov と厚生労働省のページで確認
図:会社が労働基準監督署に報告する義務は、「休業したかどうか」で分かれます。これは会社の報告義務の分かれ方です。あなたがする請求(労働者災害補償保険法12条の8第2項)は、これとは別のしくみです。(労働安全衛生規則97条1項・2項/2026年9月28日確認)

ここで止めません。休業したのなら、会社の側に義務が残っています

「だから黙っていて問題なかった」とは書いていません。

あなたが休業したのであれば、会社の側には規則97条の報告義務があります。 言わないままだと、その義務は果たされないままになります。

そして、果たされなかったときに守られない側に置かれるのは、あなたです。 記録が無いところで、あとから何かが起きたときに、証明する材料を持っていないのはあなたのほうだからです。

設備の異常を見つけたときの「止める・呼ぶ・待つ」は、その場で動く話。こちらはあとからの話ですが、立っている側は同じです。

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「軽かったので」——行政が同じ言葉をどう定義しているか

「軽かったので」。自分でそう判定した人に、1つだけ確かめておきます。

行政がこの言葉を定義している箇所を、探した範囲で1つ見つけました。リスクアセスメント指針の施行通達6(4)です。

指針の6(2)の「軽微な負傷又は疾病」とは、医師による治療を要しない程度の負傷又は疾病をいうこと。

(危険性又は有害性等の調査等に関する指針 同解説/施行通達6(4))

「明らかに軽微な負傷又は疾病しかもたらさないと予想されるもの」には、過去、たまたま軽微な負傷又は疾病しか発生しなかったというものは含まれないものであること。

(危険性又は有害性等の調査等に関する指針 同解説/施行通達6(4))

ここで、射程を自分から書きます。この定義は、"作業"の選び方の基準です。

指針6(2)は「平坦な通路における歩行等、明らかに軽微な負傷又は疾病しかもたらさないと予想されるもの」を調査等の対象から除外して差し支えないとしています。つまり、どの作業をリスクアセスメントの対象にするかの線です。

起きたケガが軽いか重いかを、行政が判定する条文ではありません。

さらに、労災保険の給付も、規則97条の報告義務も、「軽微かどうか」では決まりません。 報告義務の入り口は、さきほど見たとおり「死亡し、又は休業したとき」でした。

だから、この見出しの役目は1つだけです。


あなたが自分に下した「軽かったから」と、行政が同じ言葉をどう定義しているかは、別物だということ。

新しい物差しを渡すためではありません。自分を測る道具を、これ以上増やす必要はないと思っています。

仕事中のケガを労災に使わなかった自腹のぶん。請求するのはあなたで、期限は2年です

労災の請求は、会社がするものではありません。

労働者本人が労働基準監督署に労災保険給付の請求を行い、当該請求に基づいて労働基準監督署長が支給・不支給の決定を行いますので、労災として認められるかどうかは事業主が決めるわけではありません。

(厚生労働省「労災保険に関するQ&A」1-5)

条文も同じ形です。労働者災害補償保険法12条の8第2項は、保険給付を「補償を受けるべき労働者若しくは遺族又は葬祭を行う者に対し、その請求に基づいて行う」としています。会社の許可という概念が、条文にありません。

つまり、会社が出す報告(規則97条)と、あなたがする請求(労働者災害補償保険法12条の8第2項)は、主語も根拠法も別のしくみです。片方が動かないともう片方が動かせない、という作りにはなっていません。

なお、パート・アルバイトでも労災保険給付を受けることができ、給付内容は正規雇用者と同様とされています(同Q&A 1-3)。

期限は2年。しかも数え方が「払った日ごと」です

都合の悪い話も含みます。先に書きます。

療養(補償)等給付 療養の費用を支出した日ごとに請求権が発生し、その翌日から2年

(厚生労働省「労災保険に関するQ&A」7-5)

条文は労働者災害補償保険法42条1項で、療養補償給付などを受ける権利は「行使することができる時から二年を経過したとき」に時効によって消滅するとされています。

大事なのは数え方です。ケガをした日から2年ではありません。お金を払った日ごとに、別々に時計が回り始めます。

つまり、古い支払いから順に、期限が来ます。

急かすために書いているのではありません。数え方を知らないままだと、いつが締め切りなのかを自分で見積もれないからです。

休んだ日数で、扱いが変わります

労働者災害補償保険法14条1項は、休業補償給付を「賃金を受けない日の第四日目から支給する」と定めています。

最初の3日は、労災保険からは出ません。

休業初日から3日までは「待期期間」といい、業務災害の場合は事業主に休業補償を行う義務があります。労災保険としては休業第4日目から支給します。

(厚生労働省「労災保険に関するQ&A」3-4)

その3日は、労働基準法76条1項(平均賃金の100分の60の休業補償)にもとづいて、事業主に請求することになります。

窓口が途中で変わる作りです。

線を引いておきます。この記事の「請求できます」は、手続きができるという意味です。

「認められます」「戻ります」とは書きません。 業務上の負傷と認められるかどうかは監督署の判断で、日数やお金の計算例も、ここでは作りません。

不利になりうることも、先に並べておきます

順番を守って、不利なことから書きます。

療養の費用を請求する書類には、事業主の証明欄と、医師の証明欄があります。

前項第三号及び第四号に掲げる事項については事業主の証明を、同項第五号及び第六号に掲げる事項については(略)診療担当者(略)の証明を受けなければならない。

(労働者災害補償保険法施行規則 第12条の2第2項)

事業主が証明するのは負傷又は発病の年月日と災害の原因及び発生状況、医師が証明するのは傷病名及び療養の内容と療養に要した費用の額です。


つまり、これは「会社に知られずに終わる手続き」ではありません。

ここをぼかして「今から請求できます」だけ書くと、あとで裏切られたと感じるはずなので、先に置きました。

そのうえで、Q&A 1-5の後半です。

なお、会社が事業主証明を拒否するなどで、事業主証明が得られない場合であっても、労災保険の請求はできますので、労働基準監督署にご相談ください。

(厚生労働省「労災保険に関するQ&A」1-5)

証明が得られなくても、請求そのものはできる。

ここは災害時の特例ページではなく、平常時のQ&Aです(同じ見出しのページが厚生労働省内に複数あり、何本かは地震や台風のときの特例でした。そちらは使っていません)。

会社側の義務も条文にあります。労働者災害補償保険法施行規則23条は、本人が手続きを行うことが困難な場合に事業主は「助力しなければならない」(1項)、「必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない」(2項)と定めています。

振り回す武器ではなく、頼むときに「そういう決まりになっている」と知っておくためのものです。

不利な情報を、もう1つ。労働者災害補償保険法47条は、行政庁が「保険給付を受け、若しくは受けようとする者」にも、報告や文書の提出、出頭を命じることができると定めています。

請求すれば、あなたの側も事実を聞かれる立場になります。 調べられるのは、会社だけではありません。

そして、業務上の負傷と認められるかどうかは監督署の判断です。 この記事は「大丈夫です」で締めることができません。

保険証を出して受診していた場合、切り替えの手続きがあります

健康保険法1条は、健康保険が「業務災害(略)以外」の負傷などに保険給付を行う制度だと定めています。55条1項は、もう少しはっきりしています。

(略)療養の給付又は(略)の支給は、同一の疾病、負傷又は死亡について、労働者災害補償保険法(略)の規定によりこれらに相当する給付を受けることができる場合には、行わない。

(健康保険法 第55条第1項/太字は引用者)

「使ってはいけない」ではなく「行わない」。給付の範囲を決めた条文なので、原文どおりに書いておきます。

切り替えの手順は、厚生労働省のQ&A 2-1にあります。

健康保険で医療費の一部を支払っている場合は、いったん医療費全額を支払った上で、労災保険に請求することができます。(略)健康保険組合又は協会けんぽへ労働災害であったことを報告し、医療費返納の通知と納付書が届いたら金融機関で納入してください。その後、(略)様式第7号(1)(略)に所定事項を記載した上、事業主と診療した担当医師の証明を受け、返納金の領収書と病院の窓口に支払った窓口一部負担金の領収書を添えて(略)労働基準監督署へ提出して下さい。

(厚生労働省「労災保険に関するQ&A」2-1/太字は引用者)

工程が多く、1日では終わりません。

ただ同じQ&Aは、健康保険に対する返納が完了する前であっても労災保険へ請求できるとしています。お金が先に必要になる順番ではありません。

なお、窓口で10割払っていた場合は、健康保険から給付を受けていないので返納の手続きが要らず、そのぶん手順は短くなります。

ここで「だから自腹が正解だった」とは書きません。手順の長さの話であって、損得の話ではありません。

ちなみに、協会けんぽの「健康保険 負傷原因 届」の様式には「□ 勤務時間中」というチェック欄が実在します。手引きによれば、この届が出てくるのは「各種の給付の申請をする際」です。窓口で3割負担で受診しただけのときに必ず来るかどうかは、この資料からは分かりませんでした。健康保険組合の場合は、名称も様式も違うことがあります。

明日できること:「ケガをした日」と「お金を払った日」を、紙に書いておく

明日やることは、1つだけです。

明日できること


思い出せる範囲で、ケガをした日と、お金を払った日を、紙に書いておく。

人に聞かなくていいです。会社に申し出る必要もありません。家の中で終わります。

そして、限界のほうも同じ大きさで書きます。


これは「今から請求できることになった」という意味ではありません。

期限の数え方が「療養の費用を支出した日ごとに請求権が発生し、その翌日から2年」(厚生労働省Q&A 7-5/労働者災害補償保険法42条1項)なので、期限を決めているのが、その日付だからです。

紙でも、スマホのメモでもかまいません。余裕があれば、その日どこで何をしていて何が起きたかも、同じところに。

請求書に書くことになっているのが「負傷又は発病の年月日」と「災害の原因及び発生状況」(労働者災害補償保険法施行規則12条の2第1項3号・4号)だからです。

誰が見ていたかまで書き出す必要はありません。

領収書は、あればもっと良い、という位置です

領収書が手元にあるなら、そこに書かれた「払った日」がそのまま使えます。

ただ、領収書を取っておかない人も多いと思います。

だから、この記事は「領収書を探しましょう」を明日やることの中心には置きません。見つからなかった人が、そこで終わってしまうからです。

そのうえで、不利なことを2つ。①時効の起算点が「支出した日ごと」なので、古い支払いから順に期限が来ます。②請求のときは、窓口で払った一部負担金の領収書を添える形になっています(Q&A 2-1)。

だから、領収書が無いと難しくなる場合があります。 「無くても大丈夫です」とは書けません。

それでも、日付を書いておくことには意味があります。 領収書があとから出てきたときに、どれがどの日のものかを突き合わせられるのは、その紙を持っている人だけです。

私も、知りません

私も、上司に言うということしか知りません。

ケガをしたときに職場でどういう手順になっているのか、私は言えるほど知りません。手順書はどこかにあるはずだ、とは思っています。

知らないのは、自分がちゃんと聞いていなかったからだと思っていました。
ハル
アヴァン
私も同じところに立っています。だから、この記事では「探しましょう」とは書きません。

天秤の片方が空欄だったのは、あなたが不注意だったからではありません。そこに何が書かれるのかを、誰からも教わっていないからです。

最後に1文だけ。迷ったら、会社ではなく労働基準監督署に相談することもできます(Q&A 1-5)。

ただ、これを明日やることの中心にはしません。電話は人を介します。明日は、紙に日付を書くところまでで十分です。

まとめ:天秤に、あなたが払ったぶんは載っていなかった

  • 厚生労働省が「労災かくし」と呼ぶのは事業者がする行為で、その定義に労働者本人は出てきません。 だからこれは、あなたが損をしている話です
  • 「言えば対策が増える」は、条文の側から見ても「必ず増える」とも「増えません」とも書けません。 増える筋(労働安全衛生法17条1項2号)と、増えるとは書かれていない筋(同規則24条の11第1項)が、両方あります
  • 期限の数え方は「療養の費用を支出した日ごとに請求権が発生し、その翌日から2年」。だから明日できることは、ケガをした日と、お金を払った日を紙に書いておくことです

最後に、いちばん書きたかったことを置きます。

「労災が出たら、また改善や対策があるのか。それでまた、仕事の負担が増えると考えてしまいます。」

この見積もりは、外れていません。条文を開いても、あなたの読みを否定する材料は出てきませんでした。

ただ、1つだけ。

その天秤に、あなたが自分で払ったぶんは、載っていませんでした。

増える仕事の量と、無事故の掲示と、職場の空気。そこまでは載っていた。自分が出したお金と、痛めた自分の体は、皿の上にありませんでした。

どうするかを決めるのは、あなたです。この記事は「だから次は言いましょう」とは書きません。

私にも、こういうことがありました。製品を落としてしまって、とっさに足をクッションにして製品を守りました。足を痛めました。

考えて選んだわけではありません。体が先に出ていました。だから「いい判断でした」とも「そうしないでください」とも書きません。書けるのは、あのときも、自分の体は皿に載っていなかったな、というところまでです。

計算をやり直してください、とは言いません。載っていなかった皿が1枚あった。 それだけ、持っておいてください。

この記事の出典


e-Gov法令検索
・労働安全衛生法 17・28条の2・91・97・98・100・120条
https://laws.e-gov.go.jp/law/347AC0000000057
・労働安全衛生規則 24条の11・97条
https://laws.e-gov.go.jp/law/347M50002000032
・労働安全衛生法施行令 8条
https://laws.e-gov.go.jp/law/347CO0000000318
・労働基準法 76・104条
https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
・労働者災害補償保険法 12条の8・14・42・47・48条
https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000050
・労働者災害補償保険法施行規則 12条の2・23条
https://laws.e-gov.go.jp/law/330M50002000022
・健康保険法 1・55条
https://laws.e-gov.go.jp/law/211AC0000000070

厚生労働省
・労災かくしとは何ですか。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/faq/anzeneisei_faq8.html
・労災保険に関するQ&A 1-3
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000154443.html
・同 1-5
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000154453.html
・同 2-1
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000154463.html
・同 3-4
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000154475.html
・同 7-5
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000154480.html
・労働者死傷病報告の電子申請義務化(令和7年1月1日施行)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/denshishinsei_00002.html
・危険性又は有害性等の調査等に関する指針 同解説(指針5(1)オ(ア)・6(2)・10(1)/施行通達6(4))
https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/001393624.pdf

そのほか
・全国健康保険協会「健康保険 負傷原因 届」様式・記入の手引き(2026.6版)
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/assets/k_fusyougenin_guide2607.pdf
・Yahoo!知恵袋(2019年6月2日の回答/2022年10月30日・2023年7月25日・2023年9月12日の質問)
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10208599195
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14270296569
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14283434689
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11285925691

※法令・通達・指針は改正されることがあります。読んだ時点の最新のものをご確認ください。
※URLは、いずれも2026年9月28日に閲覧して確認したものです。

  • この記事を書いた人

アヴァン

はじめまして、アヴァンです。電子部品系の工場で働く、現役の製造業ワーカーです。ミスが怖い夜、辞めたくなる朝、なかなか覚えられなくて落ち込む日——現場で私自身がつまずいたことや、そこで見つけた小さなコツを、同じ目線で書いています。えらそうに教える場所ではなく、あなたが明日もうちょっと楽になるための「保健室」でありたいと思っています。

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